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KID A 覚醒する瞬間(とき)

Kid Aついに来た。前作『OKコンピューター』でギターロックバンドとしての完璧なヴィジョンを掲示した彼等が辿りついた無我の境地。
其処には一片の無駄もない緻密に組み上げられた音の空間が在る。極限まで抑えられたメロディ、意味を持たない言葉の羅列、ハードディスク・レコーディングによってミクロにまで解体、再構築された楽曲は本当に驚嘆するしかない。
まさに『EVERYTHING IN ITS RIGHT PLACE(すべてがあるべきところにある)』だ。
トム・ヨークが本作のリリースにあたって語ったセリフ「僕は、このアルバムにはまるっきり感情的なところが無いと思うんだ」というのも言い得て妙。
一聴するとアンビニエントな音像と冷たいリズムだけが淡々と響いてくる音楽はロックミュージックというよりは音響系、エレクトロニカといった表現が出来るのだから。

さらには「ロックなんか退屈だ。僕は退屈だと思う。だってホントに、ゴミ音楽じゃないか!」というセリフ。
このメッセージを本作と照らし合わせて考えると、アルバム毎に常に進化を遂げてきたレディオヘッドが、ロックミュージックの範疇を超えて新たな次元へと旅立つことを宣言している様に思えなくもない。
しかし。何度か聴き込む内に見えてくるものがある。

それはレディオヘッドというバンドが一貫して奏でる“逃れようのない現実”の音。
すべてのあるべき姿、あるべき音、つまりは真実を鳴らしていることに気付く。その純度が本作は恐ろしく高い。
それはギターを電子音に置換えたくらいでは全く変わることがない。
むしろこうなることが“必然”であったかのように響く。これはどんなに優しい言葉を投げ掛けられるより優しく響く。・・・或いは僕が捻くれているだけなのかもしれないけれど。

そして僕らはこれがロック以外の何者でもないことを理解するのである。
現代に生きる“賛美歌”を聴くものとして。
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