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「Nowhere」思春期のみに許された蒼き衝動

Nowhere一番最初に「ロックとは思春期の賜物である」と言ったのが誰なのか、なんてことは僕は知らない。
けれどライドの『Nowhere』を聴くたびに僕が考えるのはそんなコトだったりする。
本作がリリースされた90年とはUKシーンにとっては充分過ぎる程の動きがあった。それは時代を遡れば85年のジザメリの1stが創り上げた轟音ギターであり、89年にリリースされたローゼズの1stが魅せたロックとハウスの融合といった大きなうねりであった。
後にシューゲイザー、マッドチェスターと呼ばれたこれらのシーンから颯爽と登場し《まさしくその時代》しか鳴らす事のできない音楽を奏でていた連中のなかにライドの名前も在った。
そしてそれらの殆どは、新たな時代の胎動と共に消え失せていく運命にあった・・はずだった。

それ故にアルバム『Nowhere』が今も変わらない輝きを放つのはひとえに《濃密なまでの蒼さ》が尋常ではない、というところにあるのだと僕は思っている。
分かりやすく言うとそれは思春期の初期衝動に他ならない。
当時弱冠20歳前後で編成されていたライドとはまさしくその代名詞的な存在だったのではないか。

冒頭「Seagull」から鳴らされる轟音ギターと相反する圧倒的な美旋律は何処までもその蒼さを誇示し続ける。
それは普遍の名曲「Vapour Trail」と「Taste」を頂としながらも緩やかに終焉へと向かっていく。
終曲「Nowhere」のさざ波が聴こえる時、僕はいつもその蒼き旋律に想いを馳せることになる。
ジャケのイメージそのままに。
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