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「Whatever People Say I Am, That's What I'm Not」掛け違えられたボタン

Whatever People Say I Am, That's What I'm Notロックの過去の名盤を聴くことで自己の観念や音楽生活の幅を拡げることが可能だとするなら、“今”のロックを聴くことで“時代の空気”を体感するコトが出来る。
これは日々の日常に音楽を欠かせないものと考える人ならば共感できる事実だと思う。
アークティック・モンキーズ(通称、北極猿)は2006年のロックを語る上ではずせないバンドであり、僕が久々に面白いと感じたバンドのひとつでもある。
彼らをとり巻く話題には事欠かない。
先行シングル『I Bet You Look Good On The Dancefloor』が新人バンドとしては異例の全英チャート1位(インディーチャートじゃないのよ)。
1stアルバム『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』が初回36万枚の売り上げを記録(オアシスの30万枚を超えた)、その後4週に渡ってチャートの1位を獲得。
NMEアワードでは最優秀ニュー・バンド、最優秀トラック(「I Bet You Look Good On The Dancefloor」)、最優秀ブリティッシュ・バンドの3部門を獲得した。ビルボードにもチャートインしたとか。

こんな異例づくめの快挙の背景には過剰なまでのメディアの取り上げ方もあったりする(僕はこういうのが嫌いだ)けど、ネットの普及によるWEB上でのデモ音源の配信やそれに伴った口コミでの流布、小規模ながら地道なライヴ活動が実を結んだ結果(そこには並大抵じゃない運のよさもあるけど)でもある。

ただ、一連のメディアの反応があったからなのか結構斜に構えていた僕は彼らのシングル『I Bet You Look Good On The Dancefloor』を軽い気持ちで試聴してみた。

ブッ飛んだ。

文字通り、ブッ飛んでしまった。こ、これは120%バッキバキ(死語かしら?)のスト-ンズや初期キンクス直系のガレージロック。
あの伝説のコンピレーションアルバム「ナゲッツ」に収録されていたとしても何ら不思議ではない文句ナシのカッコ好さ。
普段はヒップホップも愛聴するというアレックス・ターナーの早口でまくし立てるボーカルも時代を体現している。
これを19歳のクソガキ(失礼)が書いたんだから驚きだ。

まさにキラーチューンである。全英1位も頷ける。(ただ歌謡性重視なこの日本でウケるのは不思議やった…。)
加えて言うなら『Bigger Boys And Stolen Sweethearts』でのポップセンスとザ・スミスにも通じるユーモアと歌詞のセンチメンタリズム。フロントマンのアレックス・ターナーがザ・スミスを最も影響を受けているアーティストのひとつに挙げているのも分かる気がした。
そんなこんなでアルバム『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』は僕の中ではかなりの期待があった、のだけれど…。

アルバム『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』はひとことで言ってしまうと「最高!!」と「まあまあかな」の中間にある。「イイんだけどね…。」というレベルなのだ。
例えるなら“最高の素材のシャツのボタンがひとつ掛け違えられている”わけだ。

僕はアルバム発売に先駆け、彼らのデモ音源を一通り聴いていた。
そこにはデモならではの荒さと未完成な香りが漂っていたのだけど、それ以上に若さが溢れるまさに“今しか作れない音”が刻まれていた。
とりわけ『A Certain Romance』のデモは素晴らしかった。80年代のポストロック~ニューウェーヴを感じさせる曲調ながら、イントロから複雑に変化する展開は確かな将来性を感じさせるのに充分な一曲だった。
Scummy(When The Sun Goes Down)やMardy Bum、From Ritz To The Rubble、Fake Tales Of San Francisco、Dancing Shoes、Choo Choo(アルバム未収録)といった曲達も確かなリズムに裏打ちされた佳曲であった。

それがどういう訳だろう?
一連のアルバム収録曲にはデモ音源には確かに在った“若さ”やいい意味での“ラフさ”が抜け落ち、変わってストロークス等に代表されるソリッドかつシャープな(ある意味スタイリッシュとでも形容できる)ポップソングに書き換えられてしまっていた。
例えるならブライアン・ウィルソンの音源をミックスダウンしたマイク・ラヴ、リー・メイヴァースの音源をプロデュースしたスティーヴ・リリーホワイトといったところか…。
とにかく“時流に媚びた音”に変わってしまっていたのだ。(シングル『I Bet You Look Good On The Dancefloor』を除いてね。)
試しに『A Certain Romance』のデモとアルバムバージョンだけでも聴き比べてみればいい。ビックリするから…。

確かに1曲目~12曲目までを通して貫かれる青臭いまでのロックンロール、ニューウェーヴ的なアプローチとプログレ要素がミックスされた13曲目の『A Certain Romance』から始まる“新たな予感”を感じさせてくれるあたりは只者ではない。しかし、如何せんプロデューサーが悪かったとしか言いようがない仕上がりに感じたのも事実だった…。

最後にジャケのアートワークについて。
「レジにいる女の子」のイメージに合った子をクラブで見つけてきた、というシングルジャケ。
北極猿の友人の男の子(というより最早オッサン。これで19才なんだから世の中分からん)をあしらったアルバムジャケ。
という様に即興的(テキトーともいう)なんだけど、どこかしらアート、という佇まいが彼らの音楽性と結構噛み合っちゃったりなんかしていて面白いよね。若いっていいな。(俺もオッサンだ)
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